ホーム<スタッフブログ

スタッフブログ

CHECKMAT TOKYO会員  キングサイトウブログ 第39弾

外出自粛生活も2ヶ月が過ぎ、汗をかく時間も量もかなり減った。

 

 

家族以外のひととも全く会えず、マスクで口をふさがれる日々。

 

 

道着はタンスで眠っている。

 

 

 

買い物に出かけたり、外食や飲み会、たまに旅行。

 

 

週に何日も道場に通える生活が日常で当たり前だと思っていた。

 

 

いまはそれがどれだけ幸せなことだったのかと感じる。

 

 

 

そんな幸せな毎日を取り戻すためにも

 

 

今は我慢。もう少しの辛抱と言い聞かせて闘うしかない。

 

 

かなり手強い相手だけど、負けるわけにはいかないし。。

 

 

 

これを乗り越えられれば、もう怖いものなし。

 

 

来年の柔術の試合は勝てそうな気がする。

 

 

コイツより強い相手は出てこないだろうから。

 

 

 

今日も自宅。

 

 

汗もかかないし声も出さないけど、闘います。

 

 

必ず勝たないと。。。一本勝ちで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スポーツとは?芸術とは?④  湖太郎ブログ

前回に続き。

 

 

 

つまり、芸術といものが社会の中で居場所を得るのは、

 

 

それが社会に対して感動や喜びをもたらすからなんですね。

 

 

 

 

我々人間の世界に存在する芸術と呼ばれるものの全ては、

 

 

当然ながら人間達の間で産まれたもの。

 

 

つまり人間達の間にこそ存在できるんですよね。

 

 

 

だから人同士の繋がり無くして、そこには先生も生徒も存在し得ないという事です。

 

 

 

先日、我が師匠と兄弟弟子達でZOOMを介したオンラインレッスンをしました。

 

 

皆の表情を見たら一目瞭然でした。

 

 

面と向かってのレッスンと比べて、制約だらけであるはずのオンラインレッスン

 

 

であるにも関わらず、生徒たちの表情は輝いていました。

 

 

 

何より師匠の表情。

 

 

「喜び」そのものでした。

 

 

 

ハッとさせられました。

 

 

 

そして再認識させられました。

 

 

 

やっぱり人に喜びをもたらすものでなければ意味が無い。

 

 

 

いくら名前が大きくなろうが、偉そうなタイトルが付こうが、

 

 

他者を幸せな気持ちにしていないのであれば、何かが大きく間違っているのではないでしょうか?

 

 

 

芸術・スポーツに携わる者として、一指導者として、

 

 

何があってもそういう人間になってはいけないなと思いました。

 

 

 

 

人間が衣食住に不自由することなく生きていく上で、必ずしも必要ではない

 

 

「芸術・スポーツ」。

 

 

それが必要とされるための条件、それについて考えさせてもらえた2か月でした。

 

 

 

終わり

 

 

今できること   和道ブログ

今はスパーリングができない。

 

柔術のスパーリングはどう考えても密だからだ。

 

 

打撃系の格闘技ならばミット打ちは早いかもしれないけど、離れてマススパーリングができるし、シャドー、サンドバックもできる。

 

 

しかし柔術はひとり一人での練習がなかなかできない。

 

 

想像力豊かな人であればシャドーのようなことはできるかもしれないが面白くはない。

 

 

今は割り切って技術はスパーリングではなく、再開したときのために体を作るとか、柔らかくするとか、体力をつけることに切り替えてほしい。

 

 

スパーリングが何の不安もなくできるには数週間先かもしれないし、数ヵ月、1年後かもしれないが長くがかかってしまう。

 

 

 

アカデミーとしてもスパーリングなしでも楽しんでもらえるものを提供しなければならないし、会員一人一人も切り替えてもらわないといけない時期なのではないかと思う。

 

 

 

不安がある中でのスパーリングは楽しめないし、周りの人間に不安を与えてしまう

 

 

今できることは切り替えることではないだろうか?

 

 

スポーツとは?芸術とは?③  湖太郎ブログ

  広い意味で芸術の役割って何だろう?

 

 

思うんです。

 

 

スポーツも含めてどんな芸術活動も、そこに他者がいないとほとんど意味がないと。

 

 

人の心を動かすことなくして、人の感情に働きかけることなくして、芸術は存在しないと。

 

 

 

観る者や聴く者に感動を与える、それ無くして芸術やスポーツは存在しえないというか、

 

 

それだけだと存在意義が殆ど無いんです。

 

 

 

例えば、一人の画家が神様に向けて、それこそ神がかった一枚の絵を描きます。

 

 

でもその絵が他の人間の目に触れることはありません。

 

 

 

別にそれはそれですごい営みだと思います。

 

 

でも誰一人としてその絵によって心を動かされない。

 

 

 

何故ならその絵の事をだれも知らないから。

 

 

 

 

 

それと同じ事をスポーツで言えば、

 

 

例えば対戦相手も観客も審判も存在しないスポーツがあるとします

 

 

 

いくら一人でものすごいことをやってのけても、あまり意味はないんです。

 

 

 

何故ならそこには他者が関わっていないから。

 

 

 

 

つづく

 

 

 

 

スポーツとは?芸術とは?② 湖太郎ブログ

自分はカポエイラと並行して、ブラジルのマラニャォン州の伝統芸能を学んでいます。

 

 

現地で師に弟子入りしてから今日まで12年。

 

 

主にリオデジャネイロで様々なショーをマラニャォン州出身の仲間たちと共に行ってきました。

 

 

 

先日、その仲間とテレビ電話で話していたのですが、

 

 

やはりブラジルの状況はかなりひどく、

 

 

ただでさえ失業率が高かったのに追い打ちをかけて失業者は増え、

 

 

それでも職がある人間は食べるために働く。そして今日も満員電車に乗る。

 

 

 

とても過酷な状況だそうです。

 

 

自分自身が現地の貧しい地域で貧しくで暮らしていたので、容易に状況を想像できます。

 

 

ブラジルで怪我をすること、病気になることは一言で言えば「恐怖」です。

 

 

無料の診療所はありますが、医者がいない・薬が無いなんてことは当たり前です。

 

 

少なくとも自分が暮らしてきたリオ郊外では。

 

 

 

その友達とは15年来の仲で、自分がカポエイラ習得のために

 

 

1年間ブラジルに行った2005年に運命的に出会いました。彼自身もカポエイリスタです。

 

 

大切な仲間です。

 

 

 

普段は会社員として働き、週末はアーティストとしてマラニャオン文化の普及に奔走しています。

 

 

そんな彼も、ショーもワークショップも練習もできない現状に悲しいそうに嘆いていました。

 

 

つづく

 

 

 

アフターコロナ   和道ブログ

柔術、特に私のアカデミーに関してだが、コロナの前と後では何が変わるだろう。

 

まずなくなったのは握手。

 

ブラジル生まれのブラジリアン柔術はブラジルの習慣である握手を良くする。

 

CHECKMAT TOKYOでも入館の際、スパーリング前後、退館時にやっている。

 

日本にはあまり握手の習慣がないので決まり事としてやっているが、まずこれが無くなった。

 

 

日本人には習慣ないから平気だが、ブラジル人は大変だろうな。ついつい握手、ハグをしてしまいそう。なかなか習慣を変えるのは難しいと思う。

 

 

次に変わるだろうことは帯を洗うこと

 

私自身もそうだが武道を幼いころからやっている方は帯を洗わないものと教わった。

 

CHECKMAT TOKYOでも帯を置いていく方もいるし、洗わないものだよと教えていたがこれからは洗わなくてはいけなくなるだろう。

 

すぐに乾けばいいが毎日来る人は2~3本用意しなくてならないから大変になる。

 

今はこれくらいしか思いつかないが、これから徐々に通常営業に戻していく中で変えなければならないことやめなければならないことが出てくると思うのでまた書いていこうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スポーツとは?芸術とは?① 湖太郎ブログ

お久しぶりです。ご無沙汰しておりました。

 

 

 

 

皆さんいかがお過ごしでしょうか?

 

 

いやー、コロナは思ったよりしつこいですね。

 

 

色んな施設が閉鎖され、「いよいよ解禁かな」と思ったら延長!

 

 

 

きっとこの先の見えない状況に多くの人が多くの面でストレスを感じていることでしょう。

 

 

俺ももれなくその一人。

 

 

カポエイラに人生の半分以上の時間と心を費やしてきたものにとっては、

 

 

カポエイラが出来ない事は悲しいことです。

 

 

 

しかし、そうは言っても日はまた昇るし地球は回る。

 

 

 

人間が歩くことをやめたら全てはおしまい!

 

 

ゆっくりでも歩き続けるその姿勢が大切なんです。

 

 

 

 

 

 

コロナに負けるな女性たち!第11回レディースイベント開催!!!   湖太郎ブログ

さぁ、今年も開催されました。

 

 

Encontro Feminino(エンコントロ・フェミニーノ)。

 

 

 

言うなれば「女性の女性による女性のためのイベント」

 

 

男性たちは完全に裏方に回ります。

 

 

 

おそらくアバダ・カポエイラ初のオンラインイベントです。

 

 

良い意味で最初で最後になりますように。

 

 

 

何かできる事を探してそれをやっていく姿勢、それをし続けることが大切ですね。

 

 

 

自分のベストをし続ける事が。

 

 

 

ん~、女装してでも出てみたい()

 

 

だってワークショップの内容聞くとけっこう贅沢なんだもの。

 

202061105935.jpg

柔術を楽しんで学びたいならCHECKMAT なぜなら・・・

ブラジリアン柔術はどこで習ってもそこそこ強くなることができます。

 

しかし、柔術をより楽しむためには道場選びが重要です。

 

私たちCHECKMATの創始者、レオナルド・ヴィエイラ、弟であるヒカルド・ヴィエイラの練習風景を見てください。

 

 

 

 

 

想像していた柔術とは違うでしょ?

 

 

 

CHECKMATの柔術は合理的な技とゲーム性が強いのが特徴です。

 

レオ先生、ヒカルド先生ともに動きが激しく見えますが決して強引な技ではなく相手の動きに合わせていますよね。

 

相手の動きがわかっているかのようです。

 

CHECKMATの柔術は駆け引きの楽しさにあります。

 

相手の動きを力で封じるのではなく、相手をコントロールして常に相手の先手を取っていきます。

 

常に相手を見て考え、合わせていくのです。

 

そのためゲームのようなスリリングで楽しい柔術になるのです。

 

 

 

しかし、やられている方はきつそうに見えますよね。

 

実はそんなことありません。

 

私も彼らと練習をしていましたが、彼らの動きは雲のようにふわふわとしています。

 

あたりがとてもソフトなので怪我はしませんし、痛くもありません。むしろやられるのが気持ちいいくらいです。

 

気づかないうちにいつの間にかやられているのでマジックにかけられたようです。

 

しかし、練習した後、自分の動きが変わっていることに気づくのです。

 

彼らと練習することで体で彼らの動きを覚えていることに。

 

やられることも楽しんで技を覚えられる感じです。

 

 

 

また、楽しそうだけど、若くて才能がある人しかできないのではないかと思われるかもしれません。

 

そんなことはありません。

 

CHECKMATの柔術は優れた技術があってのものです。

 

それは多くの世界チャンピオンを生んでいることからもわかっていただけると思います。

 

合理的で優れた技術は誰が学んでも楽しんで強くなれることができます。

 

 

 

実際にやってみるのが一番。ぜひ一緒に柔術を楽しみましょう。

 

 

 

 

柔術をより楽しみたい方はぜひCHECKMAT TOKYOで学んでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

これから   和道ブログ

東京はまだ緊急事態宣言が解除されていません。

 

解除されたからといって 濃厚接触のある格闘技はいつ安全に練習ができるのかもわかりません。

 

クラスが通常通りになっても、コロナウイルスの感染リスク、恐怖心は必ず残りますから以前と同じように練習ができるまでは相当な時間がかかってしまうかもしれません。

 

私に何ができるか?

 

柔術に何ができるか?

 

考えていかなければなりません。

 

より一層、会員様のためになること

 

CHECKMATに貢献できること

 

頑張っていかなければなりません。